最高裁判所第三小法廷 昭和37年(ク)103号 決定 1962年10月31日
抗告人 石田博
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
本件抗告理由の要旨は(一)原審が口頭弁論を経ないで本件審判をしたのは憲法三二条(理由書に三一条とあるのは誤記と認める)に違反するものであり(二)原審が夫である抗告人に対し、妻である相手方に対する所論の婚姻費用の負担義務のあることを判断したのは、憲法一二条、一四条に違反するものである、というに帰する。
(一) 家事審判手続は非訟事件であつて、非訟事件の裁判は公開の法廷における対審及び判決によつてなされる必要はなく、従つて原審が、所論婚姻費用の分担に関する審判に対する即時抗告事件において、口頭弁論を経ないで審理、裁判をしたことが違憲でないことは、当裁判所の判例(昭和二四年(オ)第一八二号、同三三年三月五日大法廷判決、民集一二巻三号三八一頁)の趣旨に照らして明らかであるから、原審判には所論(一)の違憲のかしはなく、論旨第一点は理由がない。
(二) 民法七六〇条は「夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。」と規定し、右費用の分担については、家事審判法九条乙類一号の審判による裁判所の裁量に任されている。所論は、憲法一二条、一四条違反を主張するけれども、その実質は婚姻費用分担に関する原審の裁量を非難するに帰し、民訴四一九条ノ二の抗告理由にあたらない。
よつて、本件抗告を棄却し、抗告費用は抗告人の負担とすべきものとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 横田正俊 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 石坂修一 裁判官 五鬼上堅磐)
右抗告代理人大森常太郎の抗告理由
一、大阪家庭裁判所は抗告人に対し昭和三六年七月より双方が同居し又は離婚する月に至る迄月額九千円也宛を毎月末日までに申立人住所に送金して支払へ
相手方は申立人に対し上記金額の外上記期間中毎年六月末日に金壱万円也毎年一二月末日に金壱万五千也を申立人住所に送金して支払へと審判した。
之れに対し抗告人は
(1) 審判申立人は現在別居するものであるけれども申立人自ら抗告人家を飛び出し和歌山市方面でサービス婦となり後現在の母の里に帰つて別居して居るものであり法律上の言葉で云うならば抗告人を遺棄したものである。
(2) その間長女を抗告人家に放置し本件申立を為す為めの金銭計算の下にいやがる娘を連れ帰つて居るものである。
(3) 長女の将来を考へるとき社会常識より判断して審判申立人の手許で育てるよりも抗告人の手許で育てることが至当であると判断せられる本件に於てこの常識に反する審判は不当である。
(4) 審判申立人は親里の風呂屋の番台で勤めて居るものである之れに対し生活費の支払責任はない。
(5) 抗告人の僅かなる月給から毎月九千円也の支払を命することはわがままなる審判申立人の我意を通す為めに抗告人に死の宣告を与えると同様の命令である。
(6) その他の理由は準備書面を以て詳細陳述する。
旨を抗争したるに対し抗告裁判所は
三、之れを認めるに足る何等の資料も存在しないと云う独断の下に抗告人の主張を退けたるは違法である。
(1) 憲法第三一条は何人も裁判所に於て裁判を受ける権利を奪はれないと規定している。
抗告裁判所の決定はこの憲法第三一条に違反するものである。
即ちこれを認めるに足る何等の資料も存在しないと独断して居るけれども抗告人は抗告裁判所に証拠資料を提出すべく準備中であつたが、抗告裁判所はその機会を与えずして一方的に審判裁判所の資料のみに依つて判断したものであるから原決定は憲法第三一条の規定に反するものである。
(2) 憲法第一四条は法の下に平等である性別により経済的に差別されないことを保障して居る。
固より夫婦は相互補助によるべきものであるけれども、この補助は病気とかその他の理由に依り扶助を要する場合は一方はこれを扶助する必要があるけれども、一方が生活能力を有する場合任意に別居してこれが生活費を他方に要求、これを認める裁判は性別に経済的に差別されない憲法第一四条の保証に反する裁判である。
又、子女の養育に於ても夫婦が双方に扶養する義務あるものである。それを夫である抗告人のみに命する裁判は憲法第一四条に違反するものである。
(3) 本件のみならず従来家庭裁判所が夫婦間に争いのある場合、一方が戸籍上の婚姻中の夫婦として生活費用の要求を為しこれを認容する為めに政策的に多くこれが要求を為し、相手方は為めに夫婦間の争いの正当性を主張することが出来ず泣き寝りとなるものである、本件に於ても然りであるこのことは権利の濫用である。
家庭裁判所は斯かる要求のあつた場合充分なる調査と証拠資料提供の機会を与えて正当なる判断を為すべきものである。
これが機会を与えずして為したる抗告審並に家庭裁判所の裁判は前掲憲法第三一条に違反し又民法第一条所定の権利の濫用であり憲法第一二条所定の権利の濫用を認容したる違憲の裁判である。
(特別抗告状記載)
右抗告代理人弁護士大森常太郎の抗告理由(補充)
抗告審の決定を破棄する申立人(婚姻費用分担申立人)の申立を却下する旨の裁判を求むるものであるが、
一、大阪家庭裁判所は抗告人に対し昭和三六年七月より双方が同居し又は離婚する月に至る迄月額九千円也宛を毎月末日迄に申立人住所に送金して支払へ
相手方は申立人に対し上記金額の外上記期間中毎年六月末日壱万円一二月末日に金壱万五千円也を申立人住所に送金して支払へと審判した。
二、之れに対し抗告人は
(1) 審判申立人は現在別居するものであるけれども申立人自ら抗告人家を飛び出し和歌山市方面でサービス婦となり後現在の母の里に帰つて別居して居るものであり法律上の言葉で云うならば抗告人を遺棄したものである。
(2) その間長女を抗告人家に放置し本件申立を為すため金銭計算の下にいやがる娘を連れ帰つて居るものである。
(3) 長女の将来を考へるとき社会常識より判断して審判申立人の手許で育てるよりも抗告人の手許で育てることが至当であると判断せられる本件に於てこの常識に反する審判は不当である。
(4) 審判申立人は親里の風呂屋の番台を勤めて居るものであるこれに対し生活費の支払責任はない。
(5) 抗告人の僅かなる月給から毎月九千円の支払を命ずることはわがままなる審判申立人の我意を通す為めに抗告人に死の宣告を与へると同様の命令である。
(6) その他の理由は準備書面を以て詳細陳述する。
旨を以て抗争したるに対し
抗告裁判所は
二、之れを認めるに足る何等の資料も存在しないと云う独断の下に抗告人の主張を退けたるは違法違憲である。
(1) 憲法第三一条は何人も裁判所において裁判を受くる権利を奪はれない、
と規定して居る。
抗告裁判所の決定はこの憲法第三一条に違反するものである、即ちこれを認めるに足る何等の資料も存在しないと独断して居る、けれども抗告人は抗告裁判所に証拠資料を提供すべく準備中であつたか抗告裁判所はその機会を与へずして一方的に審判裁判所の資料のみに依つて判断したものであるから原決定は憲法第三一条の規定に反するものである。
憲法第三一条の規定は総ての裁判は当事者双方に主張と抗弁、主張立証と防訴抗弁立証とか制限されることなく機会が与えられなければならないことを要求して居る。
固より任意的口頭弁論に於ては弁論期日を指定せざるも可なるべきが如きも抗告人の抗告を退ける為めには当然弁論期日を開き抗弁主張並にその立証手続の機会を与へるべきことを憲法第三一条は要求して居るものである。
即ち抗告審はこのことなくしてなしたる裁判であるから違憲である。
(2) 憲法第一四条は法の下に平等である性別に経済的に差別されないことを保障して居る。
(A) 固より夫婦は相互扶助によるべきものであるけれども、この扶助は夫婦共同生活をする場合は問題なく別居する場合は病気とかその他の理由により扶助を要する場合は一方はこれを扶助する必要があるけれども一方が生活能力を有する場合、然も任意に別居してこれが生活費を他方に要求しこれを認める裁判は性別に経済的に差別されない憲法第一四条の保証に反する裁判である又子女の養育に於ても夫婦が双方に扶養する義務あるものである、これを夫である抗告人のみに命ずる裁判は憲法第一四条に違反するものである。
(B) 本件については抗告人は昭和三六年三月七日離婚並に親権者及看護者指定の訴訟を提起し大阪地方裁判所昭和三六年(タ)第二一号事件として繋属既に原告石田博申請証人石田かう双方申請の証人八重橋きく、矢野茂一の三名の訊問を終り次回五月一日に原告申請の吉村栄子が訊問さるゝことになつて居る。
而して本件の発端は夫である抗告人博を遺棄して別居しその子女を抗告人博が扶養通学教養して居る際前記の如く親権者確認の訴訟中にも拘らず妻である敬子は子女が登校して居る帰宅の際を待ち受けて連れ帰り、別居並に子女扶養料の生活費を要求して居るものであつて斯る場合子女の扶養は誰れが適当であるかを制定せなくてはならない父である抗告人が扶養中であるものを抗告人の意思に反して連れ帰つて居るものであるから、即ち扶養料を請求せなければ扶養出来ない母にこれを扶養せしめて、父に対しその請求権を認めることは不合理である。
父が扶養出来ず又出来ても之れを肯じない場合は別として既にその意思の下に立派に扶養教育して居るものをその意思に反して連れ帰ること自体常識に反するものである斯る場合扶養の適任者でありこれを欲望して居る父に子女を渡せば足りるものである、而して母は自ら自活努力することが適法合理的であるこのこと自体子女の将来性のある幸福である方法であるのみならず当事者双方に最も将来性のある合理的の処置である斯る意味に於ても抗告審の裁判は審理不充分であり且つ憲法第十四条の規定に反するものである。
(3) 本件のみならず従来家庭裁判所か夫婦間に争いのある場合一方が戸籍上の婚姻中の夫婦として生活費用の要求を為し相手方は為めに夫婦間の争いの正当性を主張することが出来ず泣き寝いりとなるものである本件に於ても然りである。
このことは、双方に対立して居る係争事件を審判手続に於て必要的口頭弁論の手続に依らずして審判すること自体違憲の審判決である、更らに不服で抗告したる場合、主張立証の機会を与へずして審判することは、違法違憲である。
(4) 相手方敬子の立場からすれば権利の濫用である。
民法第一条は権利の濫用を許さない、抗告審の裁判は権利の濫用を認めたる即ち民法第一条の規定に違反し従つて憲法第三一条に違反し憲法第二条所定の権利の濫用を認審したる違憲の裁判である。
(昭和三七年三月二二日付抗告理由書記載)